念願のアウシュビッツに、漸く来ることが出来ました。アウシュビッツは、ポーランドの南部にあるのですが、此処ではユダヤ人以外にも、実は政治犯・ロマ人・精神障害者・身体障害者・そして同性愛者も収容されていました。

ナチス・ドイツは10万人の男性を同性愛者として逮捕し、5,000~15,000人の人が、強制収容所に収容されました。同性愛者を示すピンク色の三角形の印が付けられた囚人は、他の囚人よりも、更に過酷な扱いを受けました。

 

縞々の囚人服に付けられた、同性愛者を表すピンクマーク

縞々の囚人服に付けられた、同性愛者を表すピンクマーク

アウシュビッツの囚人服のマークの説明

アウシュビッツの囚人服のマークの説明

欧州各国のLGBT団体は、定期的に、弔意を表すためにアウシュビッツに訪問しているそうです。僕は日本を代表する立場では全くありませんが、一同性愛者として、言われなき偏見から亡くなった方々に、弔意を捧げる事が出来ました。

ホロコーストが当時のドイツ人に支持された最大の理由は、1929年の世界恐慌により、生活に疲れた人々が考える事を止めて、少数派を社会から排除しようと決めたから

長い不況が続く日本でも将来、同じ事が起きる可能性は決して低くはありません

失われた30年が更に延長され、少子高齢化が非可逆的に進行し、先進国から滑り落ちそうな日本。日々の生活に疲れた人々が考える事を止めて、LGBTを社会から排除する事が、ありませんように。

 

そして願わくば僕が、同性愛者として生まれた意味を積極的に捉え…日本の多様性の促進に貢献する勇気を持てます様に

 

ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織告白教会の指導者マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩をご紹介して、今回のブログの結びとさせて頂きます。

『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』

 

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

 

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

 

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

 

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった